第47話:家賃の値上げをどうお願いするか——相場との差1万円を、5千円で頼んだ話
家賃の値上げは、大家業の中では少し性格の違う仕事です。
物件を買う話や修繕の話は、相手が業者なので数字で割り切れます。けれども値上げは、今そこに住んでいる人にお願いする話です。生活している人が相手ですから、金額の理屈だけでは進みません。
値上げのタイミングは大きく3つ
家賃を上げるタイミングは、新規の入居のとき、契約更新のとき、そしてその他、の3つです。
このうち圧倒的に多いのは、新規募集のときです。部屋が空いて次の入居者を募集する際に、その時点の相場に合わせて募集家賃を決め直します。今住んでいる人にお願いする必要がないので、摩擦がありません。私も募集のたびに管理会社から家賃をどうするか相談されるので、相場を確認して決めています。
契約更新のときに上げることもあります。ただ私はゆるゆる大家なので、自分から「上げたい」と切り出すことはほとんどありません。基本は管理会社からの提案を受けて判断する、という進め方です(管理会社との付き合い方は第3話に書きました)。
最近の事例——1万円の差を、5千円で頼んだ
つい最近、こんな部屋がありました。
- 現在の家賃:共益費込みで7万円弱
- その地域で今、新規募集をすれば決まる相場:共益費込みで8万円ほど
差はおよそ1万円です。数字だけ見れば、1万円上げても相場どおりということになります。
けれども、いきなり月1万円のアップは入居者の方にとって大変です。年間なら12万円の負担増になります。そこで管理会社とも相談して5千円のアップにとどめ、入居者の方へ値上げをお願いするお手紙を書いていただくことになりました。相場との差の、ちょうど半分です。
満額を取りにいかなかったのは、気が引けたからだけではありません。値上げがきっかけで退去されれば、原状回復の費用がかかり、次の入居者を決めるための広告料もかかります。そのうえ、次が決まるまでは家賃が入ってきません。5千円を12ヶ月もらっても6万円ですから、空室が数ヶ月続けば簡単に消える金額です。長く住んでくれている人に出ていかれるより、5千円で納得して住み続けてもらう方が、収支としても分がいいのです。
なお、これは今まさに進行中の話で、返事はまだです。結果が出たら、また書こうと思います。
法律上、値上げはどう扱われるか
お願いベースで進めるにしても、法律を知っておいて損はないので、条文を確認しておきます。
建物の家賃については、借地借家法第32条(借賃増減請求権)に定めがあります。第1項は、家賃が次の理由で不相当になったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は将来に向かって家賃の額の増減を請求できる、としています。
- 土地や建物に対する租税その他の負担の増減によるとき(固定資産税の話は第7話に書きました)
- 土地や建物の価格の上昇や低下、その他の経済事情の変動によるとき
- 近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき
私の事例は3つ目、近隣の相場と比べて不相当、という理屈にあたります。ただし同項のただし書きにより、一定の期間家賃を増額しない旨の特約がある場合は、その定めに従います。契約書に据え置きの定めがあれば、そちらが優先されるということです。
断られたら、どうなるのか
値上げを請求しても、入居者が応じるとは限りません。
同条第2項は、増額について当事者間に協議が調わないとき、請求を受けた側は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める額を支払えば足りると定めています。つまり入居者は、納得できなければ従来どおりの家賃を払い続けていればよく、それで滞納にはなりません。そのうえで裁判が確定し、既に払った額に不足があれば、年1割の割合による支払期後の利息を付けて払う、とされています。
では裁判を起こせばいいのかというと、いきなり訴訟にはできません。民事調停法第24条の2が、借地借家法32条の家賃増減の請求に関する事件について訴えを提起しようとする者は、まず調停の申立てをしなければならないと定めています。これを調停前置といいます(仕組みそのものは第26話に書きました)。
とはいえ、これはあくまで制度の話です。普通借家契約の値上げで、そこまで進むことはまずありません。大家としても月数千円を上げるために、調停を申し立て、裁判まで争う。その手間と費用を考えれば、およそ割に合わないからです。しかも争っている間ずっと、値上げを求めた相手が自分の物件に住み続けることになります。
ですから私の場合、断られたらそれまでです。家賃はそのままで、住み続けていただきます。値上げは、こちらが一方的に決められるものではありません。結局のところ、合意でまとまるかどうかがすべてなのです。
だからこそ、頼み方がすべて
合意でしか進まない以上、勝負は頼み方です。大事な事は2つあります。
ひとつは、今の部屋が周辺より割安で、しかも管理の品質が保たれていると分かる説明をすることです。値上げのお願いだけが届くと、入居者からは「大家の都合で上げられる」としか見えません。近隣の同種の部屋がいくらで募集されていて、今の家賃がそれよりどれだけ低いのか。そして、修繕や清掃、設備の更新にきちんと手を入れてきたこと。この2つが伝わって初めて、値上げ後の金額でも納得感が出ます。借地借家法32条が「近傍同種の建物の借賃に比較して不相当」を増額の理由として挙げているのも、要は比較の話です。
もうひとつは、時間を置くことです。少なくとも2〜3ヶ月前には書面でご相談し、比較の条件と、なぜ上げたいのかという理由を開示します。更新の直前に切り出せば、入居者には考える時間も、他を探して比べる余裕もありません。それは交渉ではなく追い込みです。早めに書面で出しておけば、相手も落ち着いて判断できます。
やってみて分かったこと
- 増える額と、失う額を、両方計算してから決める。値上げで増える分より、退去されたときに失う分のほうが、たいてい大きくなります。
- 金額は、損得だけで決めない。その額を言われた入居者の方がどう受け止めるかも考えます。月いくらの負担が増え、暮らしにどう響くのか。そこを想像しないまま数字だけで決めると、たいてい話がこじれます。
- 手紙は管理会社に書いてもらう。間に入ってもらう方が、お互い冷静でいられます。
金利が上がり(第38話)、税や修繕の負担も上がっていく以上、家賃を据え置き続けることが正解とは限りません。ただ、上げ方を間違えて退去されてしまえば、収支はかえって悪くなります。
まとめ
家賃の値上げは、新規募集のときに直すのが基本で、更新時の値上げは相手のいる交渉です。借地借家法32条は増額を請求する権利を認めていますが、相手が応じなければ、その先は調停・裁判しかありません。そして数千円の値上げのために、そこまでやる大家はまずいません。
だから、その都度、管理会社と相談して相場との差を確認したうえで、相手が受け入れられやすい幅を意識する。そして断られたら、家賃はそのままで住み続けていただく。ゆるゆる大家なりの結論です。
※本記事は情報提供を目的としており、特定の投資判断を推奨するものではありません。個別の賃料交渉や法的手続きについては、必要に応じて専門家にご相談ください。