第48話:家賃の値上げは断れる——大家の私が、自宅家賃の値上げ要請を断った話
前回の第47話では、大家として家賃の値上げをどうお願いするか、という話を書きました。今回はその逆、値上げを言われた側の話です。
私、大家業をしていますが、自宅は賃貸マンションです。オーナーは上場企業。先日、オーナーから家賃の値上げを求められましたが、お断りをしました。
このブログは、残された子供たちが大家業で困らないように書き始めたものですが、考えてみれば、子供たちも部屋を借りる場合があるかもしれません。そこで今回から時々、借りる側の話も書いていくことにします。
ある日突然、電話口で
事の始まりは、私からオーナー側に掛けた一本の電話でした。用件は、壊れたままになっているインターホンがいつ直るのかの確認です。
すると先方は、その話のついでに唐突に、次の更新のときに家賃を上げたいと言ってきました。現在の家賃は20万円台後半。それを月4万円以上上げたいというのです。年間にすれば48万円以上の負担増です。
理由を尋ねると、「近隣の家賃が値上がりしているから」とのこと。そこで、どこのマンションの、どのくらいの広さの部屋と比べているのかを聞いてみました。すると、答えられません。それどころか「近隣には似たようなマンションがない」と言うのです。比較する物件がないのに、近隣相場を理由に値上げする。理屈が通りません。
しかも、管理はお粗末だった
もうひとつ、納得できない事情がありました。このマンション、設備の管理がよくないのです。
インターホンが壊れたことで、宅配ボックスもオートロックも使えなくなりました。特にオートロックは半年近く使えないままでした。ちょうどテレビで匿名・流動型犯罪グループ、いわゆる「トクリュウ」による強盗事件が盛んに報道されていた時期です。オートロックの掛からないマンションで過ごす間は、非常に不安でした。
後で分かったことですが、このインターホンは既に製造中止になっていて、直すには新しい機種への入れ替えが必要でした。だから時間がかかったのだそうです。しかし、製造中止になる前にはメーカーから連絡が来ていたはずです。つまり、壊れるまで放置していたということです。
私は、次の2つを理由に値上げをお断りしました。
- 近隣相場が上がったというが、納得できる資料が示されない
- 設備の管理状態が悪い
値上げは、大家が一方的に決められない
「断ったりして大丈夫なのか」と思われるかもしれません。大丈夫です。ここは条文を確認しておきます。
借地借家法第32条(借賃増減請求権)の第1項は、家賃が次の理由で不相当になったときに、当事者が家賃の増減を請求できる、と定めています。
- 土地や建物に対する租税その他の負担の増減
- 土地や建物の価格の上昇や低下、その他の経済事情の変動
- 近傍同種の建物の借賃と比較して不相当になったとき
大家側に増額を請求する権利はあります。しかし請求すれば通るわけではありません。同条第2項は、増額について協議が調わないときは、増額を正当とする裁判が確定するまで、借りている側は「相当と認める額」を支払えば足りると定めています。
つまり、納得できなければ今までどおりの家賃を払い続けていればよいのです。それで家賃の滞納にはなりません。(なお、後に裁判で増額が確定した場合は、不足分に年1割の利息を付けて払うことになります。また、大家側がいきなり裁判を起こすこともできず、その前にまず調停をしなければならない決まりです。この調停前置の仕組みは第26話に書きました。)
第47話で大家の立場から書いたとおり、月数万円の値上げのために調停や裁判まで争う大家は、まずいません。値上げは、最後は合意でしか決まらないのです。
「断ったら更新を拒否されない?」——されません
もうひとつ心配になるのが、「値上げを断ったら、次の更新を断られて追い出されるのではないか」です。
賃貸の契約には、普通借家契約と定期借家契約の2種類があります。世の中の賃貸契約のほとんどは普通借家契約で、この場合、答えは「されません」です。
借地借家法第28条は、大家からの更新拒絶には正当の事由が必要だと定めています。この正当事由は、大家側がその建物を使う必要性や、立退料の申し出などを総合的に考慮して判断されるもので、認められるハードルは相当に高いものです。「値上げを断られたから」は、正当事由にはなりません。
さらに第26条により、期間満了の1年前から6ヶ月前までの間に大家から(正当事由のある)通知がなければ、契約は従前と同一の条件で更新されたものとみなされます。これを法定更新といいます。話がまとまらなくても、今までどおりの条件で住み続けられる仕組みになっているのです。
ただし、定期借家契約は別物です。こちらは期間が満了すれば契約は終了し、再契約するかどうかは大家の自由です。ご自身の契約書がどちらの契約なのか、まず確認してください。
友人からの相談——黙っているのが一番よくない
以前、友人からこんな相談を受けたことがあります。
賃貸の管理費アップのお知らせが届いたけど、契約更新は来年。それでも何か返事をした方がいい?
私の答えはこうです。「お断りします。今までどおりの契約内容でお願いします」と、はっきり意思表示をしておくこと。
一番よくないのは、黙っていることです。後になって「何も言ってこなかったから同意したものと思っていた」と言われるのは嫌ですからね。管理費や共益費も契約で決めた金額ですから、変えるには合意が必要です。断るなら、書面やメールなど形の残る方法で伝えておくと安心です。
大家としても、こう思う
今回の値上げの申し入れは、大家である私から見ても、進め方がよくありませんでした。
第47話で書いたとおり、私が値上げをお願いするときは、近隣の同種の部屋の募集状況を確認し、相場との差を示し、管理会社を通じて書面で、時間の余裕をもってご相談します。翻って今回は、別件の電話のついでに口頭で、比較資料もなしに月4万円アップ。設備は壊れたまま。これでは入居者は納得のしようがありません。
裏を返せば、借りる側は根拠の資料を堂々と求めていいのです。まともな大家なら、値上げをお願いするとき、比較の材料を用意しています。それが出てこない値上げ話は、その時点で疑ってかかっていいと思います。
まとめ——借りる側が覚えておくこと
- 家賃の値上げは、大家が一方的に決められるものではない。最後は合意がすべて(借地借家法32条)
- 納得できなければ、今までどおりの家賃を払い続ければよい。それで滞納にはならない(同条第2項)
- 普通借家契約なら、値上げを断っても更新拒絶はされない。更新拒絶には正当事由が必要(同法28条・26条)
- ただし定期借家契約は別物。契約書の種類をまず確認する
- 値上げや管理費アップの通知には、黙っていないで、はっきり断りの意思表示を形に残す
- 「近隣相場」と言われたら、比較の根拠資料を求める。管理状態が悪ければ、それも交渉の材料になる
※本記事は情報提供を目的としており、特定の投資判断を推奨するものではありません。個別の賃料交渉や法的手続きについては、必要に応じて専門家にご相談ください。