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第51話:新築なのに、大晦日に汚水が逆流した。保険で約18万円、配管工事は無償、家賃も入り続けた——それでも入居者は去っていった

火災保険の話は、これまで2回書きました。第35話で大家としての入り方を、第50話で借りる側の選び方を書いています。

どちらも「どう入るか」の話でした。今回は、実際に使った話です。

先に結論を書きます。保険は全額出ました。工事代もかかりませんでした。家賃も入り続けました。それでも、入居者は出ていきました。

大晦日に、汚水が逆流した

12月31日でした。自分で建てた新築アパートの1階の部屋で、排水管が詰まり、汚水を含んだ排水が室内へ浸水しました。

流れが悪い、という程度の話ではありません。部屋は使える状態ではなくなり、入居者の方には一時的に出ていただくことになりました。年末年始です。タイミングとしては最悪でした。

動いたお金は、こうです。

内容 時期 金額(税込)
詰まり除去の対応 1月4日 約82,800円
室内のクリーニング・消毒 1月12日 約90,600円
入居者の仮住まい期間中の交通費 約5,600円
合計 約179,000円

そして、この約18万円は、全額が保険金で戻ってきました

「ホテル代」は、かからなかった

ひとつ、自分でも意外だったことを書いておきます。

部屋が使えなくなったと聞くと、まず「ホテル代がとんでもないことになるのでは」と思いませんか。私はそう思いました。

実際は違いました。入居者の方はご実家に泊まられたので、宿泊費はゼロ。請求があったのは、仮住まい期間中の交通費 約5,600円だけでした。

たまたま実家が近かったという運もあります。誰もがそうできるわけではありません。ただ、金額の大小以上に大事なのは、この交通費もきちんと補償の対象になったということです。工事費だけでなく、入居者に実際に生じた出費まで見てもらえました。

保険については、これで十分に「良い話」です。第50話に書いたとおり、出るかどうかは申請してみないと分からない。今回もそれが証明されました。

問題は、ここで終わらなかったことです。

原因は「油とトイレットペーパー」——のはずだった

年明けの1月11日、管理会社から原因の報告がありました。

油とトイレットペーパーの詰まりです。専門業者が詰まりを除去し、カメラを入れて中まで確認してくれました。

なるほど、と思いました。よくある話です。使い方の問題であって、建物の問題ではない。そう理解しました。

予防のために、お金をかけた

同じことを繰り返したくありません。そこで、雑排水管の清掃を定期的に入れることにしました

そして3月24日、全戸を対象に初回の排水管洗浄を実施します。問題の起きた1階の部屋を含め、9部屋のうち8部屋で作業できました。

これで大丈夫だろう、と思いました。原因は油とトイレットペーパー。だから配管をきれいに洗う。理屈は通っています。

それでも、2か月後に詰まった

6月2日、今度は別の部屋(2階)で詰まりが発生しました

洗浄してから、たった2か月です。管理会社の見立ても、はっきりしていました。

今回6月2日に詰りが発生しているのは通常ではなく、排水管の構造や勾配に問題がある可能性がございます。

ここで初めて、話の前提がひっくり返ります。

使い方の問題ではなかった。建物そのものの問題だったのです。

新築です。私が建ててもらった建物です。

その前に、入居者は出ていくことを決めていた

そして、いちばん重いのがここです。

6月2日の詰まりよりも前——5月27日に、大晦日に浸水した部屋の入居者の方から、解約の申し出がありました。6月30日付での退去です。

理由は、こうでした。

「年末に起きた、汚水を含んだ排水の浸水が、また起きないか不安」

念のため書いておくと、6月2日の詰まりは別の部屋の話で、この方の部屋で逆流が再発したわけではありません。解約の時期と詰まりが重なったのは偶然です。

つまり、この方は再発を経験したから出ていったのではありません。「また起きるかもしれない」という不安だけで、出ていかれたのです。

保険金は全額出ました。部屋も消毒しました。詰まりも取りました。予防の洗浄も入れました。それでも、失った信頼は戻りませんでした。

大家として、これがいちばん堪えました。

真犯人は「T字」だった

6月20日、建てた会社が1階の部屋を調べたところ、原因がはっきりします。

まず、この建物では2階・3階のトイレなどの汚水の系統が、1階の流しや洗濯パンの系統につながっていました。会社の説明では、これはあまり一般的な配管ではないとのことでした。

そして決定的だったのが、合流点の形です。2階・3階から下りてきた排水が、1階の排水と合流する場所。そこが「T字」になっていました

T字ということは、流れてきたものが直角にぶつかるということです。当然、そこに引っかかります。

なお、配管の勾配(傾き)そのものは問題なしと診断されています。原因は傾きではなく、合流部の形でした。

直したのは、継手ひとつ。しかも無償だった

対策は、拍子抜けするほど単純でした。

T字型のエルボー(継手)を、Y字型に交換する。 直角にぶつかっていた合流を、カーブして合流する形に変えるだけです。工事は1日で終わりました。7月2日のことです。

そして——この工事の費用は、建てた会社が無償でやってくれました。私が払ったお金は、1円もありません。

自分たちが施工した配管が原因だと分かったからこその対応だと思っています。

工事後、管理会社からの報告です。

詰りの原因となっていたT字型エルボーがY字型エルボーに変更されましたので流れは良くなり、今までのような詰りの症状は無くなると考えられます。

床をひとつ開けて、継手をひとつ替える。それで再発が止まる話でした。

大晦日から、半年かかった

並べると、こうです。

時期 出来事
12月31日 1階の部屋に汚水が浸水
1月4日・1月12日 詰まり除去、室内の消毒清掃(保険で全額補償
1月11日 原因は「油とトイレットペーパー」と判明
3月24日 再発防止のため、全戸の排水管洗浄を導入・実施
5月27日 入居者から解約の申し出(理由=再発が不安)
6月2日 洗浄したのに、2階の部屋で詰まりが発生
6月20日 調査。勾配は問題なし、T字の合流点が原因
6月30日 入居者、退去
7月2日 T字型エルボーをY字型に交換(建てた会社が無償で対応

大晦日の逆流から、本当の原因にたどり着くまで半年。 その間に、入居者をひとり失いました。

大家として、学んだこと

1. 私は、ほとんど損をしなかった

正直に書きます。この件で、私が失ったお金はほとんどありません。

次の入居希望者の申込も、退去より前にもう入っていました。次の方を探すのに苦労することもありません。お金の面では、私はほとんど何も失っていないのです。

一方で、家を出たのは入居者の方でした。荷物をまとめ、引っ越し、新しい部屋を探す。その負担は、誰も補償してくれません。

大家が損をしなかったことと、問題がなかったことは、まったく別のことです。

2. 保険は「戻す」もので、「直す」ものではない

保険が見てくれたのは、詰まりの除去・室内の清掃消毒・交通費——つまり起きてしまったことの後始末だけです。

原因を突き止める調査も、全戸の排水管洗浄も、T字をY字に替える工事も、あの18万円には1円も含まれていません

保険金が出たら解決、ではありません。「保険は出た。それで、原因は何だったのか」。大家の仕事はそこから始まります。

3. 守られていると、原因究明が遅れる

これは今回、自分でいちばん考えさせられたところです。

保険が出て、工事は無償で、家賃も止まらない。私は、何重にも守られていました。

そして、お金が減らなかったから、私は本気で原因を探さなかったのだと思います。本当の原因が分かるまで半年かかったのは、それも理由のひとつです。もし家賃が入らず、修理代も全部自分で払っていたら、1月の時点で「なぜ詰まったのか」をもっとしつこく聞いていたはずです。

保険も家賃保証も、大家を守ってくれる、ありがたい仕組みです。ただ同時に、建物の異常に気づくきっかけまで消してしまう面があります。お金が減らないから、放っておける。本当に困っているのは、そこに住んでいる人だけ、という状態が生まれます。

守られている大家ほど、数字ではなく建物と入居者を見ないといけない。 今回いちばんの反省です。

4. 「もっともらしい原因」で止まると、半年失う

最初の診断は「油とトイレットペーパー」でした。カメラでも確認しています。間違いではありません。

でも、それは詰まった直接のきっかけであって、詰まりやすい理由ではなかったのです。T字の合流点があるから、油や紙が引っかかる。普通の配管なら流れていたかもしれません。

もっともらしい原因が出てくると、そこで納得してしまいます。私もそうでした。同じ場所で繰り返すなら、使い方ではなく造りを疑う。 これを最初にやっていれば、半年は縮まったはずです。

5. 予防策は「効いたか」を確かめて初めて意味がある

排水管の洗浄を入れたのは、正しい判断だったと思っています。実際、詰まりの予防には有効です。

ただ今回に関しては、洗浄しても2か月で詰まりました。そして、その「効かなかった」という事実こそが、構造の問題を暴いたわけです。

対策を打って安心するのではなく、打った対策が効いたかどうかを見る。効かなかったときは、原因の見立てのほうが間違っていることを疑う。今回はそれで真犯人にたどり着きました。

6. 新築でも、配管が間違っていることがある

これが今回、いちばん意外だったことです。

新築なら安心、とは限りませんでした。 2階・3階の汚水が1階の雑排水につながっているという、施工した会社自身が「あまり一般的ではない」と言う造り。しかも合流点がT字。建てた時点から、詰まる原因が壁と床の中にあったことになります。

こういう場所は、引き渡しのときには分かりません。詰まって初めて表に出てきます。

今回、私がお金を払わずに済んだのは、原因が工事の仕方にあると分かり、建てた会社がそれを認めて直してくれたからです。原因を突き止めずに「詰まったので直してください」とだけ言っていたら、この結末にはなっていなかったと思います。

中古で買った建物でも、事情は同じでしょう。壁と床の中は見えません。だから買う前に、売主や管理会社に「過去に排水のトラブルはなかったか」を聞いておく。それだけでも、後で慌てずに済むはずです。

7. 入居者が失うのは「部屋」ではなく「安心」

原状は完全に回復しました。それでも入居者の方は出ていかれました。

理由が「また起きないか不安」だったことを、忘れないようにしています。入居者にとって、汚水が部屋に上がってくるという経験は、消毒すれば消えるものではないのです。

この建物は家賃保証の契約をしているので、入居者とやり取りするのは管理会社です。大家である私が、入居者に直接お会いすることはありません。退去の理由を知ったのも、管理会社からの報告でした。

一方で、原因を突き止めるのも、建物を直すのも、管理会社と大家が一緒に進める仕事です。私ひとりでできることではありませんし、管理会社に任せきりにしていいことでもありません。

だから、大家にできるのはそれを早く進めることだと思っています。報告を待つだけにせず、こちらからも聞く。今回、それに半年かかりました。原因が分かったのは、退去が決まった後です。

入居者の不安を消せるのは、説明よりも先に、直っているという事実のほうだったと思います。

まとめ


※本記事は私自身の実体験の記録です。保険金が支払われる条件は保険や契約の内容によって異なりますので、ご自身のケースについては必ず約款や保険会社・代理店にご確認ください。金額は税込・概算で表記しています。